「聖なる石」パワーストーンとしての石棺
読売新聞の書評『よみうり堂』の記事がアップしましたね。
前回の私の記事で「素朴な彫りこそ聖性にかなうわざ」という表現が気に入っていると書きましたが、あの時御紹介しなかった、もう一つ気に入っている表現は
「聖なる石に仏を刻んだ」
というところです。私の本では、「石棺そのものが信仰の対象になっていた云々」と、まどろっこしく書いていますが、この表現がシンプルで好きです!

その通りで、石棺は聖なる石、所謂パワーストーンとして当時から信仰の対象となっていたことは、明らかです。
その証拠を2~3示してみます。
典型的な例は、高砂市の「黒岩十三仏」です。つい、磨崖仏(崖に彫られた仏)の方に目が行ってしまいますが、「黒岩」とは十三仏の前に置いてある、2枚の組み合わせ式石棺の石材や底石のことです。(左の写真。石の両サイドに溝があるでしょ。あそこに、石を組んで石棺を形造るわけ)
鎌倉時代、この石の上に時光上人が百日禅を組み、海中から仏を手にするという奇跡を起こしたので、「播州善光寺」と呼ばれる時光寺ができました。(詳細は、本に書きました。ちなみにねっと情報よりは詳しいヨ。笑)
時光上人が、石棺石材を選んだ理由。それはまさに、石棺にパワーがあると認めたからに間違いありません。このたった2枚の石棺石材から端を発して、ものすごく様々な物語が生まれ出ているのです。

(ちなみに、十三仏の写真はこれね。自然と一体になっている磨崖仏はやっぱりかっこいい。笑)
もう一つの例は、加古川市の「宮前の石棺仏」です。左の家型石棺の蓋には阿弥陀様を彫っていますが、右の組み合わせ石棺の底石には、何も彫られていません。
つまり、石棺材だけを祀っているということです。ほとんどモノリスです。笑。
こうしたパターンはわりと見受けられ、私の知る限り、他に3箇所知っています。(写真集でこんな中途半端な写真、紹介していないよ。この写真は石棺信仰を示す一つの、説明写真ね。)

稀に、文献などを調べると、石棺仏を古墳の「廃物利用」なんて汚い言葉で表現する方もいらっしゃるのですが、私は絶対、そんな動機で造ったものではないと思います!
「廃物利用」の理由に、お寺や神社の手洗い場の水受けに石棺が使われているケースがあると書いてありますが、手洗いだって「聖なる水場」であり、一つの祭器です。それを見て「廃物」と表現するのは、非常に乱暴な気がします。当時の人は石棺を使ってパワーのある水場にしたのです。
(註;極、例外的に姫路城の石垣に石棺が使われている例がありますが、これは単に建設中の石不足によるものでしょう。あるは石棺パワーで城を守ってほしかったのか?笑)
普通に考えれば解りますが、例えば、高砂の図書館の入り口に置いてある、こんなデッカい石棺をみると、人としてなんとも言えない「畏怖の念」が起こるのが自然です。(石の宝殿といいい、播磨の石の文化、深いでしょ。)
この「畏怖の念」こそ、いかなる宗教や信仰のはじまりと言っても過言ではありません。
石棺には、やはり底知れぬパワーがあるんです。「聖なる石」なんですよ。これは。
前回の私の記事で「素朴な彫りこそ聖性にかなうわざ」という表現が気に入っていると書きましたが、あの時御紹介しなかった、もう一つ気に入っている表現は
「聖なる石に仏を刻んだ」
というところです。私の本では、「石棺そのものが信仰の対象になっていた云々」と、まどろっこしく書いていますが、この表現がシンプルで好きです!

その通りで、石棺は聖なる石、所謂パワーストーンとして当時から信仰の対象となっていたことは、明らかです。
その証拠を2~3示してみます。
典型的な例は、高砂市の「黒岩十三仏」です。つい、磨崖仏(崖に彫られた仏)の方に目が行ってしまいますが、「黒岩」とは十三仏の前に置いてある、2枚の組み合わせ式石棺の石材や底石のことです。(左の写真。石の両サイドに溝があるでしょ。あそこに、石を組んで石棺を形造るわけ)
鎌倉時代、この石の上に時光上人が百日禅を組み、海中から仏を手にするという奇跡を起こしたので、「播州善光寺」と呼ばれる時光寺ができました。(詳細は、本に書きました。ちなみにねっと情報よりは詳しいヨ。笑)
時光上人が、石棺石材を選んだ理由。それはまさに、石棺にパワーがあると認めたからに間違いありません。このたった2枚の石棺石材から端を発して、ものすごく様々な物語が生まれ出ているのです。

(ちなみに、十三仏の写真はこれね。自然と一体になっている磨崖仏はやっぱりかっこいい。笑)
もう一つの例は、加古川市の「宮前の石棺仏」です。左の家型石棺の蓋には阿弥陀様を彫っていますが、右の組み合わせ石棺の底石には、何も彫られていません。
つまり、石棺材だけを祀っているということです。ほとんどモノリスです。笑。
こうしたパターンはわりと見受けられ、私の知る限り、他に3箇所知っています。(写真集でこんな中途半端な写真、紹介していないよ。この写真は石棺信仰を示す一つの、説明写真ね。)

稀に、文献などを調べると、石棺仏を古墳の「廃物利用」なんて汚い言葉で表現する方もいらっしゃるのですが、私は絶対、そんな動機で造ったものではないと思います!
「廃物利用」の理由に、お寺や神社の手洗い場の水受けに石棺が使われているケースがあると書いてありますが、手洗いだって「聖なる水場」であり、一つの祭器です。それを見て「廃物」と表現するのは、非常に乱暴な気がします。当時の人は石棺を使ってパワーのある水場にしたのです。
(註;極、例外的に姫路城の石垣に石棺が使われている例がありますが、これは単に建設中の石不足によるものでしょう。あるは石棺パワーで城を守ってほしかったのか?笑)
普通に考えれば解りますが、例えば、高砂の図書館の入り口に置いてある、こんなデッカい石棺をみると、人としてなんとも言えない「畏怖の念」が起こるのが自然です。(石の宝殿といいい、播磨の石の文化、深いでしょ。)
この「畏怖の念」こそ、いかなる宗教や信仰のはじまりと言っても過言ではありません。
石棺には、やはり底知れぬパワーがあるんです。「聖なる石」なんですよ。これは。
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