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三島由紀夫さんのターニングポイントの地

 『笑とる仏』が地元の図書館にまだ入っていないことに気付き、加古川市や加西市の図書館に入庫のお願いとポスター貼りのお願いに行ってきました。
 加古川市には図書館が3つあるので、合計4箇所の図書館を巡りましたが、石棺仏をちゃんと理解していただいていた図書館職員さんはなんと1人だけでした。(石棺仏メッカの地にもかかわらず…)
 これには少々驚きましたが、私も5~6年前までは知らなかったので、えらそうな事は言えません。笑。とは言え私は20年以上、故郷を離れていましたから…。
 知らないからか、中には消極的な印象を受ける図書館員もおられ、少々がっかりする場面にも出会いましたが、おおむね好評でした。
 地元の文化の継承や発信源であるハズの図書館にあって、地元の(いや全国で)知られざる貴重な文化遺産を見つめ直し紹介しようとしているのに、「個人のポスターは貼れません」とか言われ、ワケ解りません。
 これは販売促進よりも文化事業です!って言ってるんですが、役人さんはムリですね…。おかしな話で、入場料を取る、地元と直接関係の無い、コンサートや美術展のポスターならOKで、地元の文化を告知するポスターはダメなんですって!!?? 知らないとは言え、なんか間違っています。
 地方の図書館はもっと地元の文化を大事にしなければいけません。しかも知られざる日本中に誇れる文化なのに。

 そんな中で、非常に理解を示していただいた図書館もあり、それが加古川図書館です
 ネットでその映像を見た時、「ひょっとしてここは…?」と思ったものです。
11_3_26_記事
 訪れてその予感が的中しましたが、ここは三島由紀夫さんが徴兵検査を受けた場所でした!
 写真のこの松の木の辺りで俵を持ち上げる検査をしたそうです。(さすが、三島由紀夫ゆかりの図書館は文化に対して姿勢が違います! :携帯電話の写真なので、これで御勘弁)

 私は三島由紀夫さんが大好きで、高校生や大学生の頃は特に彼の書く評論を愛読していました。
 三島由紀夫さんは東京生まれ東京育ちですが、本籍地が加古川市の志方町にあり、招集令状が来た時、本籍地の田舎の青年のたくましい体の中で、少しでも、公威(きみたけ、三島由紀夫の本名)の体がひ弱に見えるよう、父が目論みこの地で検査を受けたそうです。
 検査当日には発熱もして、みごと徴兵検査、不合格。

 不合格の発表を聞いた時、父と一緒に逃げるように、会場を走り去ったようすが、『仮面の告白』の中にも書いてあります。ともかく、死とは違うものへと必死に走って行ったとかなんとか… 小説が今、手元に無いので、正確な引用は出来ませんが…笑。会場から役人が追っかけてきて「おーい、さっきの不合格発表は間違いだったんだ、みごと合格、おめでとう!」と言われるのじゃないかというすごい恐怖で、父と走ったそうです。  その恐怖心、伝わります…。

 ただ、彼はこれに合格しなかったために、あの壮絶な最後になったのだと私は思っています。
 優秀な学友や人材がどんどん死んでゆくなか、彼は小説を書いていたのですから…。
 高校生の頃『きけわだつみのこえ』を読みましたが、痛々しい上に、すごい人材が散っていったんだなーと思い、読後は思わず手を合わせた事を思い出します。

 そうした貴重で多大な命を犠牲にして、戦後日本を見た時、三島由紀夫さんはおもいっきり嘆いたんだと思います。そして何より「うしろめたかった」んだと思います。
 学友はもっと立派な日本を望んで死んでいったのに、自分は生き延びてしまったという「うしろめたさ」です。
 三島由紀夫さんは、かなり律儀で真面目な人だったと聞きます。それは本人の本質が道徳的だったからこそ、書いたような評論『不道徳教育講座』なんて作品からも伝わります。

 日本を憂う、その律儀さや責任感で、自分の命の、ある意味「有効的な使い方」を演劇的な自決という方法で選んだのだと思います。
 その目論みはある意味成功していて、私などは三島由紀夫さんを思い出す度、襟をただし、ちゃんと生きなきゃいけないなと思うのでありました…
 彼ほど、日本文化、日本、そのものを憂いていた人は居ないんじゃないでしょうか…? 私の知識内では、あと、『笑とる仏』でも数多く紹介しました、仏教学者の鈴木大拙さんくらいでしょうか…。

 市ヶ谷駐屯地のバルコニーの上で、「みんな、聞けー!キケー!」と絶叫している三島さんの姿は、正に『きけ わだつみのこえ』と符合します。英霊の声ですね…。
(蛇足ですが、トーマス・マンの『魔の山』という作品に似たような滝の爆音で演説がかき消され死んでいくシーンがあります。私は密かに、三島さんは自決演劇のインスピレーションをここから得たんじゃないかと思ってるのですが…)

 不思議なもので、三島由紀夫さんとは、間接的にいろいろ出会っており、大学生の時の親友は三島由紀夫さんの遠い親戚だったり、東京で知り合った親友の初老のカメラマンさんも、三島由紀夫さんに話かけられたことがあるそうです。そしてなにより、美輪明宏さんに撮影で出会え、握手までしていただいたことですかね!笑。 あっ、それと、『笑とる仏』の石仏取材で、あまり人の来ない山寺で突然、三島由紀夫の文学碑に出会ったこともかなり驚きでした!もちろん志方町で。 ひょっとすると、三島さんと私には、播磨の血ということで、見えない繋がりがあったりして?

 写真からも解ると思いますが、この図書館、造りがモダンでしょ!館内もアールデコ調でとってもすてきで、当時、三島青年も歩いたのかと思うと、感慨ひとしおでした! 
 感慨が大きかったので、つい今日は気合い入れて書いちゃいました。
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写真集
笑とる仏
『笑とる仏ー播磨の石棺仏を中心にー』   谷村新司さん推薦!    播磨の珍しい石棺仏を中心に、素朴な笑顔の石仏の写真集。700年近くもやさしく微笑み続けている石仏達を、さまざまな仏教名言と共に紹介する。この深い笑みはきっと心に響くと思います。巻末には地図もありますので、実際、仏様に会いに行くこともできます。勿論、関西限定書ではなく全国に通じる心の本です。 実質、私の4冊目の写真集。(読み:ワロトルホトケ)
Talking with Angels-ロンドンの天使達
「Talking with Angels-ロンドンの天使達-」 
鏡リュウジ氏の推薦文より
『天使、天使、天使!
この世界は、耳をすませれば天使の羽音に満ち満ちていて、うるさいくらい。たとえ一人でいたって、僕たちは孤独になんかなれっこないのです。この写真集はそのことを伝えてくれます。』 
 

Talking with Angels-イタリアの天使達
「Talking with Angels-イタリアの天使達」
   イタリア19世紀のみごとな墓地彫刻の写真集。
ダンテの『神曲』にならい「地獄」「煉獄」「天国」を彫刻を介し視覚で巡ることができる、美しい天使の本。
プロフィール

岩谷薫

Author:岩谷薫
カメラマン
1995 個展『身体感覚』
1998 個展『Angels of Brompton-祈りのすがた』
2005 写真集『Talking with Angelsーロンドンの天使達ー』
2006 写真集『Talking with Angelsーイタリアの天使達ー』
2008年 スピリチュアル雑誌『Sundari 』記事執筆
『yaso ヴィクトリアン』studio parabolica記事執筆
2009 デジタル印刷すらできない悪質出版社に捕まり、三冊目の天使の写真集が出版不能に。入校データまで全て完成している状態ですので、もし第三集の出版を御検討していただける出版社がございましたら、メールフォームからお気軽にメールしてみてください。第三集は最高傑作なのですが…。
2011 写真集『笑とる仏』実質、4作目の写真集。

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