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阿弥陀墓地の人知れぬ石棺仏達

 前回の石棺仏も充分、人知れぬ石棺仏なのですが、高砂市、阿弥陀墓地の薮の中には、この他にも『笑とる仏』には紹介していない、小さな、石棺材か古墳石材で造られたであろう石仏があります。
阿弥陀墓地

<阿弥陀墓地阿弥陀墓地


 そもそも、この薮自体が古墳で、確か3つほど古墳が存在しているはず。でも、ぱっと見はただの小山にしか見えません。山の中に、ぽつぽつと大きな石が見える程度なんです。
 そこにこんな小さな石仏達がいます。おそらく、室町時代の頃のもので、当時はここも墓地だったのでしょう。

 ほとんど人が踏み込まない、手つかずの山の古墳の上で、このような仏に出会うと、正に異空間。古墳時代と日本の中世をタイムスリップしたような不思議な気持ちになりますよ。笑。


阿弥陀墓地


 もう一つ、この薮にある大きな石棺仏はこれです。
 古墳の急斜面にあるので、これも発見しづらく、足場も悪く、たどり着くのが困難です。地蔵様が彫られています。全長120cm。室町時代の作品です。
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アゴが無い地蔵とチョンマゲの地蔵

 高砂市の阿弥陀町阿弥陀墓地は、古墳が多く、墓地の入り口にも古墳があります。
 だから石棺仏も非常に多く、太古から墓所として現代まで連綿と続く、とても珍しい場所、不思議スポットとなっています。

 写真集に紹介した以外にも、墓地内には沢山の石棺仏があるのですが、今回は、その阿弥陀墓地に訪れてさえ、なかなかお目にかかれない、レアな石棺仏を御紹介。

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 何故、お目にかかれないかと言うと、道無き薮をかき分け、目印もない山の中に、写真の石棺仏は建っているからです。笑。たどり着く方法は写真集で見てね。   もう少し簡単にたどり着ける方法もないではないのですが、ある敷地内の不法侵入になる可能性が高いので、大事をとって薮をつき進みます。

 『笑とる仏』では、紙面の都合上、写真が小さかったですが、今回、写真大きくしてみました。クリックすると大きくなります。
 左の石棺仏にはアゴがないでしょ…笑。 右の古墳石材と思われる地蔵には、なんだか頭頂部にチョンマゲのようなものが付いているでしょ…笑。
 コレ、なんなんでしょうね? やっぱりチョンマゲですよね???笑。

 浄土真宗では阿弥陀と一体になるのが、一つの境地だったりするので、地蔵とも一体になりたかったのかもしれませんね。

 アゴの無い地蔵には、文安四年(1447年 室町時代)の銘があります。他にも何か書いてあるようだけど、私は読めず。全長110cm。

 石棺仏や石仏は鎌倉時代のものは、リアルで真面目に造ったものが多いのですが、時代が進み、室町時代になってくると、このように、ちょっとファニーな抽象化が進んできたりするのが特徴です。その抽象化の最たるものが加西の北条石仏(五百羅漢)でしょう。なんだか自由な気運がうかがえます。
 江戸期になると、再び、大胆な抽象化が無くなってしまいますね。これは、やっぱり統治者や時代の気運の影響なんでしょう。過去、こんなことも書いてましたね。

 今回、紹介しているアゴ無し地蔵と、チョンマゲ地蔵は、そうした石仏抽象化の過渡期にある、とても重要で珍しく面白い石棺仏だと思います。
 お近くの人は、これを探しに薮へGO!笑!

橋を造る想いと陰徳の昔話

 前回の記事のように、3つ(厳密には4つ)の橋になった石仏を紹介し、記事では「橋に使われ、ぞんざいに扱われていた」とも記しましたが、いま一つの考察として、どうやら、橋造りには、信仰的な意味があるものとも、考えられます。

 「陰徳」という言葉がありますよね。人知れず良い行いをするってことです。その反対は「陽徳」で「私が、いいことしました」って名前が解る良い行為のことですね。

 古来より、この陰徳の方が、徳の高い行為とされ、陰徳を積むことによって浄土へ行けるとか、陰徳を積むことによって運を上げるとかいわれてきました。

 過去、何の本で読んだのかすっかり、忘れてしまったのですが、最高の陰徳行為が、造寺、造仏、とならんで、実は「橋造り」だったりします。

 名もない橋を渡ると、知らず知らずの内に、人々はこの橋の恩恵を被りますよね。それが、最高の陰徳行為だと言われるのです。

 実は、この考え方は、日本のみならず中国にもあります。(中国の方がはじめかも知れませんが…笑)
 私の知っている中国の昔話では、死神に近寄られた主人公が、贖罪の為に橋を造れとの死神のアドバイスに従い、私財をなげうって橋を造ったところ、長寿で幸せになったという話です。

 これは橋造り=贖罪で、古来から意味があった行為と考えられます。

 そう考えていくと、この4つの橋になっていた石仏の意味も解るような気がするのです。あくまで仮説で、本当にぞんざいに扱われていたのかもしれませんが…笑。
 ただ、人の気持ちとして、仏の姿を型どった彫刻を、なんの意味も無しに橋にはしない可能性の方が高い気がするんですよ… バチ当たりなイメージがあるので…。
 ひょっとすると、贖罪の意味や、彼岸と此岸を渡す、ありがたい仏として、橋になっていた時代もあった可能性もありますね。 そう考えると面白いでしょ…僕だけか…苦笑。

 橋造りの想いはこんな昔話にも語られています。 とてもいいお話ですよ。


 この様に考えると、このお婆さんも、「橋造り=陰徳=浄土行き」という図式が頭の中にきっとあったはずです。
 一見、人々の為に、橋造りに情熱を燃やした、けなげな美しいお婆さんのように見えますが、実のところは、この「浄土行き」のみが、お婆さんの最終目標だったのかもしれません。

 以下、素直に昔話を見ていないかもしれませんが、笑、その証拠に、お婆さんは、人付き合い、めちゃくちゃ悪かったですよね。そこに、なんとなくエゴが見えますよね。「浄土行き」だけへの恐ろしいくらいの情熱です。

 その若干、歪んだ情熱の為に、志半ばで亡くなってしまったような気もするのです。 情熱に歪みがなければ、阿弥陀様は、お婆さんを橋の完成まで、生かしていたのかもしれません。

 この記事は、再三、私自身引用していますが、「志半ばで亡くなると」あるいは「未練を残して亡くなると」浮かばれないというか、化けて出てくるんですよ。浄土へは行けないわけです。
 このことが、この昔話では上手く表現できていますね…。あぁ、過去にこんな事も書いてましたね。

 お坊さんが気付いてあげて、成仏するシーンは泣けますね。笑。
 
 私も、このまま天使の写真集が出せなければ化けて出てきますね…苦笑。
(いや、無理なら無理で、Let it be ですけどね…いくらイイ作品でも今の人間界が嫌がっているのなら仕方なし…)

 でも、このお話は、歪んで見ても、素直に見ても、いずれにせよ、とてもイイお話です!
 何かに、一生懸命になっている姿は美しいですね。

橋になってる地蔵さん

 橋になった石棺仏、3連ちゃん紹介しようと思っていたら、祭りやNHKの記事で間、開いてしまいました。以前紹介したのは、コレコレね。


橋の地蔵さん
 今回のは、現在もなお橋になっている珍しい、小野市の「橋の地蔵さん」です。
 田の溝にかかっている三枚の石盤の中央の石盤が「橋の地蔵さん」です。

 私の調べたところでは、少なくとも、昭和後期までは、アゼの橋になったり、打ち捨てられてたように、お顔を下にして、畦に転がっていたそうです。
 どうやら、このお地蔵さんは、お顔を上にして、置いてはいけないような信仰があったように、記憶しています…。

 この狭い溝にかろうじて体を入れ、不自然な体勢で、カメラを持った手だけを伸ばし、橋の裏側の地蔵さんを撮ったのが、この写真です。この撮影は結構、苦労しました。笑。今更ながらにオートフォーカスって便利だなと思いましたヨ。笑。橋の地蔵さん


 知らない人が見たら、どうみても不審人物。笑

 こんなに小さな石仏ですが、昔から霊験あらたかで、イボ取りや乳授け、腰痛治しに遠方から、お参りに来る人も、以前は随分あったとか。

 『笑とる仏』では、石棺仏かどうかは不明と書きましたが、長楽寺の小さい石棺の事を思うと、小型の石棺の蓋か何かであった可能性は高いですね。
 播磨の石棺は、小型のも多いというのが、一つの特徴ですから。

 造年代もはっきりしませんが、しっかり彫り込んだ彫刻の様子から、南北朝時代頃のものだと思われます。
 写真では、解り辛いかもしれませんが、この地蔵の左横に、小さな座像も彫り込んであり、この地蔵の施主か、阿弥陀像だと思われます。阿弥陀を小さくする造形はあまり見ないので、施主である可能性が高いでしょう。

橋の地蔵さん

 橋の地蔵さんには、こんな昔話を記したプレートがあります。写真集では、レイアウトの関係上、小さくて、かろうじて読めるような状態でしたが、今回は大きく読めるようにしてみました。

 
 この仏には、こんな言葉を添えました。
●『くのないものわ じごくにをちる 
くのあるものが まいる ごくらく』

鈴木大拙が紹介した、名も知れぬ妙好人の句です。

 なんだか一瞬、「ねたみ」っぽい詩ような感じもしないではないですが、そうではなくて、やはり、深い苦を知っている人は、他人にもやさしくなれるってことじゃないでしょうか?
 深い苦を知っていない人ほど、他人の苦に対して、善人ズラして無神経や無責任な発言をしますからね…。それこそ じごく行きです…。

 この地蔵も、文化財保護の視点からは、こんな湿気のあるところで、カビに侵され、決していい状況ではないのですが、身を呈して橋になっているところに、なんだか心動くものがありますね。苦を知っている地蔵さんです。

NHKに再び出演します!!!! 明日!! 

山伏峠
 今日のお昼前、NHKの担当の方から連絡があり、急遽、明日、21日金曜日

AM7時45分~AM8時 のNHK『おはよう関西』という番組で、

私と石棺仏のニュースが放送されることになりました!!!

 前回の放送圏は兵庫県内だけでしたが、今回は『近畿圏内!!』です!広くなりました!ウレシー!!(いつか全国放送を夢みたいものです。全国に誇れる貴重な文化ですから。笑)

 近畿の人、見てねぇ~。
 ちょうど人気ドラマ『カーネーション』の前の番組ですよ。 


 昨日は、必死に一途に仕事をしても、報われないような悲しい記事も書きましたが、奇しくも昨日、記したように、

『私は、自分も自分の作品も疑ったことはありません。これは決して傲慢ではなく、ピュアな姿勢です。そして、そうした姿勢でがんばっている人には、キット、誰か、理解ある人が協力してくれますしね…。私はそう思うし、そう思いたいです。』


と、そのようにちゃんとNHKさんが、私の事を見ていてくれた事に、ちょっと涙がチョチョギレますね…笑。
 やはり、この姿勢は、ちゃんとハートを持った人には、伝わるし解るんですね…。
 そう言えば、私は東京を撤退したのに、谷村新司さんも快く『笑とる仏』の推薦文書いてくれましたもんね……。谷村さんのスタッフのみなさんも、この都落ちの私に、快く協力してくれましたもんね………。

 作品を見て、ちゃんと心ある人は、私がどんな立場であろうと、理解してくれますし、協力してくれるんですね…。今更ながらに、ありがたいと思いましたよ……。涙 

 捨てる神あれば拾う神あり、ってことでしょうか…。
 
 実は、昨日は幻の天使の写真集の企画がまたボツになり、余計、テンション下がり気味でしたが、昨日、自分で書いたように、苦労があっても「ウンウンと押す」しかないんですよね…。(ブログでは公開、説明、できる内容ではありませんが、問題は作品の力や内容と関係無かったりするんですよ…)

 そんな私に、このニュースは、少し、生きる気力、ガンバレル気力をもらいましたヨォ……。

 ありがたい、ありがたい。南無阿弥陀仏。(石棺仏は浄土宗の造形が多いので。笑)


 明日はきっと、このブログを訪問してくれる人は「石棺仏」という言葉すら御存知ない人の方が多いと思いますので、以前の記事で1体、紹介し忘れた『山伏峠の石棺仏』の右側にある石棺仏を御紹介。あっ、勿論これも山伏峠の石棺仏と呼ばれています。

山伏峠

 こんな感じで並んで建っています。石棺仏と言えば『山伏峠』というほど、石仏全般の本にも必ずといっていいほど載っている、加西市の超有名石棺仏です。(画像、クリックすると大きくなりますよ)

 しかも、この石棺仏は兵庫県最大のものです。石棺仏は、ほぼ播磨にしか無い貴重な石仏文化なので、おそらく日本最大の石棺仏でしょう!
 全長207cm、幅134cmの大迫力。阿弥陀を彫ったモノリスですね。笑。

 この石棺仏は、蓮華座の下に「建武四年(1337年 南北朝期)」の銘があるらしいのですが、現在は摩滅が激しく視認できないかも?過去の銘の拓本の史料があるそうです。700年近く立ってるんですね!

 6~8世紀頃の家型石棺の蓋石に彫っています。全体写真を見ると解りますが、石棺の3辺に突起が少し出ているのは、以前にも説明しましたが、縄掛け突起と言って、ここに縄等をかけて蓋の開閉をしたそうです。

山伏峠

 アップの写真。笑っているかな???
(画像、クリックすると大きくなります)

 全体の写真で解るように、中央にもう一体、小さな石棺仏(古墳石材かも)もありますが、後の詳細は写真集で見てね。

 この仏には鈴木大拙さんのこんな言葉を添えました。

●『神が造物主として愛である限り、神は決して被造物の外側に存在するはずはない。』

 つまりこの石仏も神であり、この木々も神であり、地球上の全てのものに、神がやどるということですね。
お知らせ
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写真集
笑とる仏
『笑とる仏ー播磨の石棺仏を中心にー』   谷村新司さん推薦!    播磨の珍しい石棺仏を中心に、素朴な笑顔の石仏の写真集。700年近くもやさしく微笑み続けている石仏達を、さまざまな仏教名言と共に紹介する。この深い笑みはきっと心に響くと思います。巻末には地図もありますので、実際、仏様に会いに行くこともできます。勿論、関西限定書ではなく全国に通じる心の本です。 実質、私の4冊目の写真集。(読み:ワロトルホトケ)
Talking with Angels-ロンドンの天使達
「Talking with Angels-ロンドンの天使達-」 
鏡リュウジ氏の推薦文より
『天使、天使、天使!
この世界は、耳をすませれば天使の羽音に満ち満ちていて、うるさいくらい。たとえ一人でいたって、僕たちは孤独になんかなれっこないのです。この写真集はそのことを伝えてくれます。』 
 

Talking with Angels-イタリアの天使達
「Talking with Angels-イタリアの天使達」
   イタリア19世紀のみごとな墓地彫刻の写真集。
ダンテの『神曲』にならい「地獄」「煉獄」「天国」を彫刻を介し視覚で巡ることができる、美しい天使の本。
プロフィール

岩谷薫

Author:岩谷薫
カメラマン
1995 個展『身体感覚』
1998 個展『Angels of Brompton-祈りのすがた』
2005 写真集『Talking with Angelsーロンドンの天使達ー』
2006 写真集『Talking with Angelsーイタリアの天使達ー』
2008年 スピリチュアル雑誌『Sundari 』記事執筆
『yaso ヴィクトリアン』studio parabolica記事執筆
2009 デジタル印刷すらできない悪質出版社に捕まり、三冊目の天使の写真集が出版不能に。入校データまで全て完成している状態ですので、もし第三集の出版を御検討していただける出版社がございましたら、メールフォームからお気軽にメールしてみてください。第三集は最高傑作なのですが…。
2011 写真集『笑とる仏』実質、4作目の写真集。

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