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『パパラギ』はすばらしい。

『Talking with Angels』西洋墓地の天使像 : 岩谷薫-09_4_21
『パパラギ』という本に出会いました。この本は、今年のお正月、実家の本棚の掃除でたまたま私が掘り出したものです。(だから本の画像がうす汚れています。笑)興味は持っていたのですが、引越などのバタバタで再び存在すら忘れていた本です。
 すると最近、友人から偶然、『パパラギ』は今のあなたにピッタリかもとのお勧めメールが届き驚いたので、「これは見えない天使から、読めとの指示かも」と思い読んでみました。とても良かったですよ!本も人もこのように重なった偶然の出会いはありますよね。天使もそうですが。

 内容は、20世紀初頭にヨーロッパ文化を見聞したサモア人の酋長ツイアビさんの近代文明批判です。「パパラギ」とは現在でもサモアの言葉で白人を意味し、同時に軽蔑と反発の意味が込められているらしいのです。でも白人に限らず日本人もあきらかにパパラギですが。

『Talking with Angels』西洋墓地の天使像 : 岩谷薫-09_4_21 この書物には、良い言葉があふれかえっています!
その一部分を御紹介すると、例えば現代の物質主義文化を批判して、
「物が沢山なければ暮らしていけないのは、貧しいからだ」
とか
「沢山、物を作り出すから、まるで自分が神のように勘違いしている」
とか
「充分な神の気高い沢山の創造物(自然のこと)があると言うのに、なおもこれ以上愚かにも、物を作りださねばならぬのか」
とか

また貨幣経済を批判して、
「私はこの世に来た時と同じように、不平も不正もなく、またこの世から出てゆきたい。大いなる心は(自然や神みたいなもの)私たちを、丸い金属、重たい紙(貨幣と紙幣のこと)なしに、この世に送ってくださったのだから」などどはパパラギは考えることは出来ない。こう考えるのはごく少数の人だ。大多数は病気のまま、心は決して健やかになることなく、沢山のお金をさずけてくれる自分の力を楽しんでいる。彼らは熱帯雨林の中で腐ったくだもののように、尊大さの中で膨れあがっている。
とか、

所有意識を批判して、
「たいていのパパラギは、恥ずかしげもなく神のもの(自然資源など)を盗んでいる」
とか、

『Talking with Angels』西洋墓地の天使像 : 岩谷薫-09_4_21 また彼らには「職業」というものや職業という概念そのものがありません。何故なら、彼らは狩猟採集生活だから。「職業」によりパパラギは一つの事しか出来ず、体と心のバランスがいびつで、職業がまるで取り憑いた悪魔のようにパパラギを暗闇に引きずり込むと言っています。

 さらに、パパラギが侵略の一環として布教したキリスト教の真の意味を、パパラギよりも酋長のツイアビさんの方が、真摯で純粋な心で理解していることが印象的でした。しかもパパラギが宗教を侵略の道具にしていることに気付いているにもかかわらずです。

 この本はある意味「楽園通信」、あるいは「天国からの伝言」です。
この頃、私は思うのですが「楽園」とは、狩猟採集の世界なのでは思うのです。
 文明の存亡を語った学者、ジャレド・ダイアモンドさんが「農業とは人類史上、最悪の誤りである」と述べたことは、私にとり鮮烈な印象を持っています。そもそも農業により、労働が生まれ、所有意識が生まれ、人口が爆発し、環境が壊れていったのですから。
 キリスト教でもアダムとエバが楽園追放を期に「労働」を始めますよね。まさにパパラギがあがめる「知識」つまり「知識の実」を食べたがために…。私が思うに、「原罪」とは農業ではなかったかとさえ思うのです。ツイアビさんはパパラギの過剰な知識や思索の害についても警鐘を鳴らしています。農業もその一つだったのでしょう。
 例えばゲーテも『ファウスト』の中で思索については皮肉っています。「思索などするやつは、悪霊に引きまわされて枯野原のなかを、ぐるぐる空回りしている家畜みたいなものだ。その外側には立派な緑の牧場があるというのに」と。ちなみに禅の世界でも究極では思索をきらいます。ツイアビさんはまるで聖者のように悟っています。

『Talking with Angels』西洋墓地の天使像 : 岩谷薫-09_4_21 でも現在の日本で、あるいは世界中で、狩猟採集生活に還ることはほとんど不可能でナンセンスな話です。でしたら現在の私が取れる第二の選択肢としては先程批判したばかりの農業に還る、しかも自給自足的な小さな農業に還るしか方法がないように思えてなりません…。本当ならすぐにでも自給自足のために行動をしたいところですが、今のところ東京でのしがらみ整理などですぐには、まま成らぬ状況です。
 そもそも出版するはずだった幻の写真集も、印刷も出来ないダメ出版社の一方的な契約解除というとんでもない結末をもってオクラ入りになりました。パパラギである私もほとほと薄汚いパパラギにはウンザリなのです。幻の写真集には、正にこのツイアビさんが警鐘を鳴らしているような事を書き記していたのです。
 私の場合は「楽園からの通信」ではなく、仏教の知識やアボリジニの知識、臨死体験、そして天使との出会いによって、「天国からの通信」として、ツイアビさんの境地に非常に近いところまで近づくことが出来たのですが…。現在も出版させようと出版社を探し中でがんばってはいますが、この出版不況の中、私には出せる自信が少々なくなってきました…。

 弱くて良いものはパパラギに駆逐されていくのかもしれません。この『パパラギ』出版も1920年と言います。かなり昔です。パパラギの魔の手から自分達を守ろうと悲痛な警鐘をならしたツイアビさんの願いもむなしく、おそらく当時からすればサモアも随分パパラギの文化に染まってしまったことでしょう。
 2年前、サモアの隣のフィジーロケに行きましたが、(写真はフィジーのもの)あそこもパパラギ文化に染まりまくりでしたから…楽園はパパラギの手により次々穢され消えていくものなのでしょう。
 私の知る限り、狩猟採集で楽園であったアボリジニやアイヌも、生活や文化としてはすでに消えていますしね…

 ツイアビさんは最後に、「パパラギは私たちを彼らとおなじ闇の中に引きずりこもうとする」と書いてこの書をしめくくりますが、現在では、これはサモアだけの問題では全然なく、地球そのものの問題です。パパラギである私が、パパラギの道具と知識で、パパラギの害から地球をなんとかしなければと言うのもおかしな話なのですが、なんとなく、とんでもない時代がもう、すぐ目と鼻の先まで来ているような気がしてなりません。
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魔は祓えます

『Talking with Angels』西洋墓地の天使像 : 岩谷薫 実家に帰り、はや二月半が経ってしまいました。暇さえあればひたすら掃除をしています。家は20年も独り暮らしさせた母と、商売をしているための納品物のゴミなどのせいで、ハンパじゃなくきたないです。笑。
 以前の私の部屋も例外ではなく、「開かずの部屋」になってしまい、ほとんど不要品の倉庫状態でした。 
 「開かずの部屋」に魔が住み着くというのは本当で、そこには私が以前使っていたベットがあるのですが、帰省してそこで寝ると、必ず悪夢を見たり、金縛りに会ったり、ひどい時は見えない誰かや小動物が布団の上を歩くという、恐ろしい怪奇現象までしょっちゅうありました。なので気味が悪く帰省の度に、私は自分の部屋では寝なかったものです。
 でも、魔は祓えます。掃除と気合いで。
 まず、掃除で家運が上がるというのは、私も事実だと思います。ですので徹底的に掃除をしました。そこで思い出すのが『となりのトトロ』です。新しい住居に引っ越した時に「真っ黒クロスケ」が沢山いましたよね。あれは私は直感で事実だと思います。「真っ黒クロスケ」も小さな魔です。魔とは所謂「陰気」です。それを「陽気」」の塊である子供と掃除で祓ってゆく姿は象徴的でした。
 中国の古典にも書いてあるのですが、「陰気」の幽霊は「陽気」の子供が特に苦手らしいのです。純粋で心正しく元気に生きていれば幽霊の取り付く隙を与えないという事でしょう。確かに子供の頃、この部屋でそんな怪奇現象は無かったのですから…。しかも魔もゴミも同じ「はらう」という音を使いますしね。
 でも、掃除してもまだ魔が襲ってくる事があります。私は掃除してから自分のベットに寝てみたのですが、最後の抵抗とばかり一度だけ白い人影のような物が襲って来て、金縛りに会った事がありました。
 そこでビビってはいけません。そういう場合は、心の中で素直に怒ってあげましょう!笑。
 思うに、悪さをする幽霊なんて現世に未練がたらたらで、死にきれていない、つまり生ききれておらず、ふたたび人に甘え頼ろうとする非常にみっともない霊の姿だと思うのです。ですからそういう場合は気合いで退散させてしまいます。よく山伏やお坊さんが、呪文の合間に「イェーい!!」とか奇声を発しますよね。あれと原理は同じだと思います。
 それ以来、この部屋は快適になりましたよ。邪や魔が付け入らない隙を与えないことです。そのためには、まず誠実に生きることなのだと思うのです。
 写真はローマ、カンポベラーノ墓地の髑髏。ラテン系は髑髏好きですね。イタリア人はこうした意匠さえも楽しんでいる気がします。悪神も神ですから。

1分で感動できる天使の歌

 私は聖歌好きなので、この前、YouTubeで何気なく聖歌繋がりでいろんな聖歌を検索していると、「私にとっては」1分で感動できる、とんでもない聖歌を発見したので紹介しますね。Divna Ljubojevic ディヴィナ・リュボイェヴィッチというこの舌を噛みそうな女性の歌い手さん、すごいです。
 検索サイトで調べてみると、日本ではまだあまり知られていないみたいですね。その少ない情報からの受け売りですが、セルビア人で、ギリシア正教会の歌を歌っているらしいです。ギリシア正教会の聖歌は、基本的に男声のイメージがありましたが、おそらく女声で新しく歌ったものではないでしょうか?教会聖歌は元々は修道士による男声がメインでしたから…。
 彼女が歌う「Aksion Estin」というちょうど1分くらいの曲を、初めて聞いた時はその切なさに涙が出そうでした。現代の薄汚い垢が洗い流されそうな思いです。
 もちろん言葉は解らないけれど、その祈りは、ものすごくささやかで、まさにセルビアの戦乱や天災で簡単に吹き飛ばされてしまうものだけれど、そのはかなさがまた心を打ちます。
 『Talking with Angels-ロンドンの天使達-』にも記しましたが、「最終的に人間にゆるされる行為は祈ることしかない」と思わせるものがあるのです。(蛇足ですが、昨今の地球環境や経済事情を思うにつけ、自分のフとしたひらめきで記したこの言葉ですが、この言葉がとても重くのしかかってくる時代が、すぐそこまで来ている、あるいは既に来ている気がしてなりません…)
 蛇足はさておき、もし生まれ変わりがあるのなら、過去世で私は必ず一度は聞いていたような気さえする、ある種の懐かしさを感じる曲なのです。この懐かしさの感覚は、私が墓地で感じる懐かしさと似ています。こうした曲をイメージしながら、私は写真を撮り、作品を創ります。もし臨終に、こんな曲が流れたのら私は幸せでしょう。笑。あの世で聞いていたのかもしれません。
 そもそも、古来から創られた教会聖歌は、現代とは比べ物にならないくらい、信仰に対する本気さや切実さが違ったはずで、こうした超純粋な切実さが、人の心を動かすものだと思います。おそらく、ものすごく鋭敏なシャーマン的修道士が天啓を受けて創った、あるいは天から創らされたものでしょう。
 土地柄、もちろん東方風の旋律になりますが、聖なるものや感動するものに、御国の違いなど、あまり関係ないですよね。
 御興味のある方は動画サイトで、
Divna Ljubojevic Aksion Estin
で調べて下さいね。動画サイトを見ていると、つい著作権とかこれでいいのかな?とか思ってしまうので、こういう紹介の仕方をしてしまいますが…
その他、
Divna Ljubojevic Defte Lai
Divna Ljubojevic Hristos Anesti
Divna Ljubojevic Blessed be the Lord
も良いですよ。他にも、彼女の歌う曲は沢山あるので、よかったら探してみて下さい。動画中、私の大好きな中世のイコンも沢山登場します。ちなみに私が写真集でやろうとしている事は、天使の像を通して現代の写真によるイコン集を創ることでもあります。

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写真集
笑とる仏
『笑とる仏ー播磨の石棺仏を中心にー』   谷村新司さん推薦!    播磨の珍しい石棺仏を中心に、素朴な笑顔の石仏の写真集。700年近くもやさしく微笑み続けている石仏達を、さまざまな仏教名言と共に紹介する。この深い笑みはきっと心に響くと思います。巻末には地図もありますので、実際、仏様に会いに行くこともできます。勿論、関西限定書ではなく全国に通じる心の本です。 実質、私の4冊目の写真集。(読み:ワロトルホトケ)
Talking with Angels-ロンドンの天使達
「Talking with Angels-ロンドンの天使達-」 
鏡リュウジ氏の推薦文より
『天使、天使、天使!
この世界は、耳をすませれば天使の羽音に満ち満ちていて、うるさいくらい。たとえ一人でいたって、僕たちは孤独になんかなれっこないのです。この写真集はそのことを伝えてくれます。』 
 

Talking with Angels-イタリアの天使達
「Talking with Angels-イタリアの天使達」
   イタリア19世紀のみごとな墓地彫刻の写真集。
ダンテの『神曲』にならい「地獄」「煉獄」「天国」を彫刻を介し視覚で巡ることができる、美しい天使の本。
プロフィール

岩谷薫

Author:岩谷薫
カメラマン
1995 個展『身体感覚』
1998 個展『Angels of Brompton-祈りのすがた』
2005 写真集『Talking with Angelsーロンドンの天使達ー』
2006 写真集『Talking with Angelsーイタリアの天使達ー』
2008年 スピリチュアル雑誌『Sundari 』記事執筆
『yaso ヴィクトリアン』studio parabolica記事執筆
2009 デジタル印刷すらできない悪質出版社に捕まり、三冊目の天使の写真集が出版不能に。入校データまで全て完成している状態ですので、もし第三集の出版を御検討していただける出版社がございましたら、メールフォームからお気軽にメールしてみてください。第三集は最高傑作なのですが…。
2011 写真集『笑とる仏』実質、4作目の写真集。

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