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「呪い」について 陰陽師記事の続き

 お盆の日にこんな題名の記事でスマソ…。ちょっと思うところがありまして…。 
 『まんが日本昔ばなし』のスバラシさについては、7月頃から絶賛している私ですが、最近「呪い」についても、珠玉の作品を発見したので、御紹介します!! ちょうど陰陽師記事、続いているので。
お暇なら、見てね。『九重の楓』っていう岩手のお話だそうです。


 変な言い方ですが、和尚の「欲は人を強くする」とは、あながち間違いではありません… まぁ、強いて言うなら欲のかきかた度合いの問題でしょうが…。食欲も無いと困りますしね!笑。(物語上、両者、欲深にした方が話が組み立てやすいですから。) 
 加持祈祷をする和尚は、真言宗か天台宗の和尚です。ちなみに密教と陰陽道は非常に密接に関わっています。

 この話で、私なんかが腑に落ちないのは、「圧倒的に悪いヤツはおおまえの旦那!」なのに何で、呪った和尚まで滅びてしまのかという悲しさです…。

● 世に「人を呪わば穴二つ」といいますが、これはどうやら本当らしいですヨ。

 陰陽道にも、西洋魔術にも、同じような事が書いてあります。特に陰陽道で有名な話は、呪殺のために送り込んだ式神が、送った本人に返ってきてしまい、自分の式神に殺されてしまうというお話です。
 『九重の楓』はちゃんとそうした真理を詩的に端的に伝えているのです。しかも子供に…いや、大人へもでしょうね。 子供って、大人が思うほど、思考は子供ではないので、このお話は、大人がなかなか教えられない、スバラシイ教育になると思いますヨ。
 九重の楓の木が枯れてしまうラストシーンは泣けますね…。

(蛇足ですが、呪う相手の土を持って来るなんてとってもリアルです。呪いとは詰まるところ、イメージを飛ばすこと。相手の身近な物品が、イメージの媒介をします。この辺などは、この物語の作者?(あるいは現実にあったことなのかも?寺男の証言とかでね)は、よく解ってるな~と感心しました…)

 人を呪える術が使える和尚ほどの人が、この「人を呪わば穴二つ」という法則を知らない訳がありません! それはつまり、和尚自身が死んででも復讐するという情熱と覚悟なんです……オオコワ…。
 でもね、和尚も言ってますが、この九重の楓は「何にも替え難い」ものだったんですよ…。つまり和尚の重要な心の支えだったわけです。
 以前も、アメリカで、子供に性的暴行を加え殺害した犯人が、すぐに釈放されていまい、怒った子供の父親が「犯人を絶対この手で殺す」と宣言して、ニュースになりましたが、親の気持ちを思うと、私は親のこの心理を否定する気持ちにはなれません………。

 肉親などを思うとそうですが、本来、人にはそれほど「替え難いもの」って必ずあるはずです。

 それを理不尽な方法で喪失した恨みって、絶対言葉なんかで語れるものではありません。

 作家にとって作品も子供そのものなので、2009年に京都のバカ出版社に作品を殺された時の気持ちは言葉でなんか表現できません……(書いても誤解されるのがせきの山です、当然ですが人は必ず自分の都合のいいように解釈するものですから)3つ前の記事に書いた京都への恨みは、これです。道満のように京都のこの事件で私の人生も変わりましたし…。

 本当の喪失感を知らないバカな私の友達らしき人は、当時の私を無慈悲に批判したものです。実状も知らずに、しかも浅はかな人生論を得意気に振りかざして…。
 でもね、本当の親友は、そんな時、決して私を批判しませんでした。何故なら、私を友として100%信用していてくれたからです。本当に知らない事は決して黙して語らないデリカシーを持っている人たちだったからです。 子供を亡くした喪失者に安易な言葉をかけられないのと同じです…。

 更に、でもね…  ここからが結論なのですが

● 『それでも、人を赦さないといけないみたいですよ………』

 この思いはこんな記事や、度々引用するこの記事にも書きました。この本は、死んだ人が人を赦すことの困難さを、ことあるごとに、切々と語っています…。この思考は非常に飾らず、人間らしくていいです。
 ミラレパも、理不尽な攻撃を仕掛けたのは、親族側なんですけどね… 「おおまえの旦那」と同じく、親族の方が絶対悪いヤツらなのですが、復讐したらいけないらしいです…
 キリストもブッダも復讐はイカンと言っていますしね。

 明らかに、やられた者損ですけどねぇ……。

 でも、以前にも書いた、浅原才市の言葉のように、「わたしがあなたで、あなたがわたし」の考え方では、ある意味、復讐は自分自身を傷付ける事にはなりますよね………。

 本当の苦しみを知っている人は、人を赦すことの苦しみも知っています。
 勿論、今も赦せない自分がいますが、それはそれでLet it be、保留しておいて、永い時間をかけて解決法を見付けていけばいいと思うようにしています。聖人ではありませんし、現状、あるがままの自分でいいと思っています…急には治りませんから…。


 そう言えば、昨日もにぎわした五山の送り火の問題って、正に京都人の心の狭さを象徴的に現していると思うんですけど…。(勿論、京都人が全員ダメって意味じゃないですが)

 一度陸前高田の薪を受け入れて、送り火保存会の人が「今度はどんなことがあっても必ず、16日に燃やす!」とインタビューで宣言しておいて、また中止の決定が… 
 死者の魂を不潔扱いしやがって!! 供養を何とかんがえてるんだ!と シャーマン系の私は、このニュースには敏感に反応してしまいます。 送り火の本来の意味すら考えてなくて、これでは、陸前高田の松を焼けば、観光PRになるくらいに考えていたと言われてもしかたがないです。

 その点、成田山はメチャメチャ、カッチョイイ!!! ちゃんと義と信念があります。 そう、本当に送るつもりであるのであれば、削ってでもやる姿勢や覚悟に共感と感動です。 成田山は正に、今日のテーマの真言密教ですね! それでこそ宗教者。かっちょいいゾ!成田山新勝寺。(もう、中止報道なんかないことを望みますが…)
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陰陽師のメッカ、播磨の地(血)と不思議な体験

正岸寺
 前回の記事で、長文になるので書ききれなかったことです。
 
 実は、播磨は平安時代の陰陽師のメッカだったんです。前回あげた芦屋道満だけではなく、播磨には多くの陰陽師が生まれたり、修行した場所なのです。

 例えば、安倍晴明に2人の式神を隠された話で有名な、知徳法師も播磨出身。弓削是雄は今の姫路市飾磨出身。滋岳川人は、丹波出身だけれども、播磨で陰陽道の勉強をした人です。弓削、滋岳とも、当時の律令国家の占いや歴を司る、陰陽寮のトップの人です。解り易い人物説明はこのサイトを見てね。
 そして、日本の陰陽道の祖師とも言われる吉備真備が、建てたと言われる姫路の広峯神社は、陰陽道と関係が非常に深い牛頭天王を祀っていて、播磨陰陽道のひとつの中心地になっていたものと思われます。この辺の詳しい事は、このサイトを見てね

 何故、播磨で陰陽道が盛んになったかは、7~8世紀頃インドから渡来し、山岳仏教、修験道などを広めた法道仙人(播磨には法道仙人、開基という寺が多い)という人と、先に書いた牛頭天王(これは神様、明石に垂迹したという話もあるらしい)の2つの影響が大きいと、ものの本に書いてありました。
 もちろん、神様が実際に降り立ったわけではなくて、牛頭天王を信仰する渡来集団が、明石に来たと捉えるのが、正常ですね。笑。

 つまり、渡来人の文化が、播磨には古くから多くあったということです。『播磨鑑』にも渡来人が多く住んでいたとの記述があるそうです。
 そう言えば、古墳も元は、渡来の文化ですから、播磨に古墳が全国一多いのもうなづけますね。(新羅の国の形式の古墳が多いそうですよ)
 そう考えると、私の顔つきも渡来系なんです。笑。

 そんなことにまつわる、不思議な体験を一つ御紹介します。

正岸寺の石棺仏
 十年以上前なんですが、私が、占いや陰陽道に興味を持ち始め、その流れで、京都の清明神社に訪れた事がありました。
 神社に入ったとたん、体中が何故かワサワサするんです! 気持ちの良いたぐいの感覚ではありません…。この異様なワサワサ感はしだいに激しくなり、ちょうど『もののけ姫』に出て来る男の子の主人公、「アシタカ」の右腕に付いたケロイドのような傷が、グニュグニュっ!!と疼く、正にあんな感覚になってきたんです。

 なんだか、体中が疼き震え出したので、とっても「ヤバい!」と思い、足早に清明神社を後にした思い出がありますヨ。
 神社はいろいろ訪れていますが、こんなに体が反応して「ヤバい」とまで思う神社に出会ったのは後にも先にもありません!

 当時は、芦屋道満が播磨出身だなんて知りませんでしたし、「なんだか、全然合わない神社だなー」としか思いませんでしたが、この播磨の陰陽師集団の事を知り、やっとその疼きの理由が解った思いでした。

 播磨の陰陽師集団は、もちろん安倍晴明がきらいですし、対抗意識を燃やしていたそうですから。笑。(私自身は安倍晴明をそこまで嫌ってませんよヨ。笑)

 この経験を通して、後に私は、播磨の陰陽師達と似た血を持っているんだなーと思ったものです。
 昔は、そんな事実を全然知らずに、極自然に、占いの本や西洋魔術の本を、好き好んで読んでいたものですが…なんとなく、その動機の根底にあるものが見えた思いでした。

 アートをするような人は必ず、シャーマン(巫女、ひいては陰陽師のような)の素養がないといけません。これは、そもそもアートの成り立ちが、宗教と密接に関わっているという、古代の造形の数々を見ると、すぐに解ることです。

 アーティストは少なからず、シャーマンです。(よく製作中、「降りてきた」とかもいいますよね)そういった意味からも、過去記事で書いた、同じ播磨の陰陽師の血が流れる、シャーマンとしての三島由紀夫さんにも、私は魅かれる訳です。天使や地蔵、「英霊の聲」を聞くんです。
 
 今日は、長く書いてしまいました。写真は、芦屋道満の屋敷跡だったといわれる正岸寺です。たまたまお庭の剪定をされているところ。ここには芦屋道満の木像なんかも祀ってありますよ。道満さんのいいお話なんかも聞けるかも?使われていない古代の石棺なんかもあった記憶が…。
 次の写真は、正岸寺にある石棺仏。 これは芦屋道満と特に関係ない石仏ですけどね。摩滅してお顔もなにも解らなくなっています。でもこの造仏の形式は高砂などに多く見られる形です。石工(集団)のクセがあるのでしょう。

スバラシイィ民話!!北海道『あの世のいりぐち』

 
 数日前、いつものようにYouTubeで聖歌を聞きあさっていたら、ナゼカ、「まんが日本昔ばなし」を発見!
 YouTubeで見れるんですね!てか、勝手にアップしていいのかな?って感じですが、でも、やっぱ「まんが日本昔ばなし」はスバラシイっすよ!!

 ちゃんと昔話を伝えられる、語り部が居なくなった昨今、「まんが日本昔ばなし」の文化的重要度って増々、増えていると思います。子供も大人も民話からものすごい生きる知恵を学べるんですから…。
(そう言えば、水木しげる翁も、「ノンノン婆」って言う語り部のお婆さんが近所に居て、しげる君に多大な影響を与えたよね。)

 あくまで視聴者側だけの意見ですが、「まんが日本昔ばなし」だけは誰もが無料で気軽に見れる、「日本人の魂の貴重なアーカイブとして」こんな感じで解放していただきたいですね… あくまで勝手な意見ですが…。

 ツイ、ツラツラと数話、見てしまい、今更ながらに思いますが、現代のガンバレバ何でも出来る、あるいは勧善懲悪的なマヌケなアニメよりも、強烈に理不尽な悲劇などを子供に伝える民話の姿勢って本当にすばらしい! 
 さらに民話という「ポエム」でしか伝えられない真実というのが絶対あるんです。
 これは子供にとって、いや大人でさえ、かなりイイ教育ですよ!

 そんな中で、スンゲー、北海道の民話を発見したので御紹介。
 まずは、見てください。


 これは、まんま臨死体験です! 
 私はこんな本あんな本を読んでいるので、この民話の整合性が、逐一すごく解るんです! あの世は正に、想念の世界で、正に理想郷、あるいはこの世とあまり変わらない世界になるんですね…。おそらく立派なシャーマンか、本当の臨死体験者が経験し、語り伝えたお話でしょう。
 『Talking with Angelsーイタリアの天使達ー』の後書きにも少し触れましたが、これは一つの子宮感覚なんです。暗いトンネルを抜けるのは、正に産道通過と同じです。死ぬ場合はそれを逆行しているワケですが…。(よく、臨死体験者はこれをトンネル感覚と言います。そういえばちなみに、過去、こんな事も書いていました。
 洞窟=子宮=パラダイス(ヘブン)。っていう図式は人類学的には非常にポピュラーで、中国にも洞窟をくぐって行く桃源郷の話が有名ですね。
 古代の、屈葬にした甕棺墓も子宮イメージですし、沖縄の亀甲墓も子宮をかたどっています。子宮の形で、異界や大地に人霊を返すワケです。
 そうすると、女性のアソコは、間違いなく異界の出口ですよね。笑!

 この民話、私の蔵書の中で調べてみましたが、北海道各地にこのお話はあるそうです! さすが、私の尊敬する民族の一つであるアイヌ民族ですねぇぇ~。死後に対してもスコブル鋭敏です!!! 狩猟採集民だったからでしょう!農耕民にこうした生命感覚の鋭さはないかもよ。
 各地、話のパターンは若干違うのですが、亡くなったはずの若妻の後を追っていくうちに夫が洞窟に入っていくパターンが多いそうです。(古事記のイザナミとイザナギみたいですね。古事記の方に影響があったのやもしれません?) 犬が侵入者を見付けるのは同じです。
 さらに死んだはずの異界の親類に「来ちゃいかん!」と侵入者がたしなめられ、帰るパターンもあるそうですよ。これなどは、現代人の臨死体験証言者とまったく同じですね!

 この洞窟はアイヌの言葉で「オマンルパロ」(あの世への入り口という意味らしい)って言うそうです。「オッ、ぉ、おまん…笑!」やっぱ女陰の響きに似てる!とニヤケテいるのは私ダケ?爆!  (万が一、語源の共通性なんかが見つかればおもしろいですよね。 ちなみに風水の最高の吉地も、女陰の形をした土地だと古くから言われていますヨ。)

 洞窟は、北海道も沖縄と同じように、昔は死者を葬る場所だったんですよ!洞窟墳墓と言います。 正に、先に述べた「子宮に戻す」感覚なんですよね!異界の入り口だったわけです。私が墓好きなのも、正に墓場は異界の入り口だからです。ダンテのベアトリーチェは「せちに、帰りたいところ」といいましたが。

 こんな素朴な民話を聞くと、死ぬこと、恐くなくなりませんか?笑! 勿論、痛いや苦しい、病苦で、死ぬのは私もイヤですよ。でも異界へ行くことへの恐怖心はあまり無いですねぇ~。
 この話にもあったよう、異界からこちらへ来る人も、我々には見えないんでしょうね! 犬やシャーマンに気付いてもらわなきゃ。笑。

 非常によくできた、スバラシイ民話でつ!
 日本昔話 だいすき-!

占い師のおばあちゃん

 誰でも、時に魔が差すことってあると思います。 ある日、のっぴきならない理由から、少々ヨコシマな事を考えていて、それを決行しようと思っていた時がありました。
 そんなイライラした気持ちで、うだるような暑い街を歩いていると、地下鉄の階段で、荷物が重く、立ち往生している80歳くらいのお婆さんにフト目が止まりました。
 反射的に、「あばあちゃん、荷物持ってあげるよ!」と声をかけたら、おばあちゃん喜んでくれて、「わたしはねー。そこの交差点で、占いしている占い師なの…」「お礼に観て上げようか?」と言われました。
 いや~、ビックリしましたねー。ちょうど気持ちがモヤモヤして困っている時にこそ、こんな不思議な出会いがあるものですね…。

 辻占いの机や道具を広げている間に、おばあちゃんの話、いろいろ聞きましたよ… 
 若い頃は、農地改革で裕福な実家が没落してしまい、広島では原爆に会い、結婚適齢期には、戦争で男がおらず、御見合い話は、戦地から帰ってきた片腕や足の無い人ばかりで結婚しなかったの…と。
 その次に続くおばあちゃんの言葉が泣かせるんですよ…笑。

「ワタシはね。自分の人生があまり幸せでなかったから、せめて周りの人だけでも幸せにしようと思って占いを始めたの…」

 「そっカー…」そんな話を聞くと、私の悩みなんか小さい小さいと思いましたよ…。 聞くところによると、20才代くらいから占いをやっているらしく、そう言えば、20年くらい前、同じ交差点で、このおばあちゃんに群がるお客さんの大行列を見た記憶がありました…。ああ、そんなに昔から私が間接的に知っているスゴイおばあちゃんだったのね…実は、全国から占ってほしいお客さんが泊まりがけでくるそうです…。
 
 そんな出会いだったので、おばあちゃんの苦労話の方が多く、私の鑑定はチョットだったのですが、「アンタは、何をやっても大丈夫!自分の思った通りに生きなさい!」と言われました。「でも、今、私はあんまりパッとしてませんけど??」と聞き返すと、「人生、初めが良くて、後が悪いより、初めが悪くて、後が良い方がイイのよ!大丈夫。」と言われました。 
 私は占い好きですが、実のところ、あんまりプロの占い師に鑑定してもらった事はありません。この鑑定で、人生で3度目くらいですが、みんな、晩年は良くなるって言うんですよ…?? でも、もうそろそろ人生の折り返し地点に差し掛かろうというのに大丈夫かいな??笑、という状態ですが…笑。
 でも、こういう言葉を聞くと、少しは励みになりますよ…。

 当時持っていた自分の小さな悩みなどは、聞くことすらしませんでしたが、おばあちゃんの、生き様の話を聞くだけで充分すぎる貴重な贈り物でした。
 80歳も越えているのに、いまだに、暑い日も、寒い日も、屋外で占いを続けているなんて、並大抵な事ではないと思います! スゴいねェ!!!!

 そんな話を聞かされると、「お金なんか要らない」と言われた鑑定ですが、ついお金を払ってしまいました…笑。 今思うと、もしかすると、占い歴60年以上のおばあちゃんの、これが最高の手練の営業トークだったりして?苦笑…。とまた、ヨコシマな事を考えたりしましたが、笑、でも、感動と勇気を与えてくれ、はじめの魔が差しそうだった気持ちを思いとどまらせてくれ、気持ち良くお支払いしました。
 なんだか三流ドラマのようなタイミングの出会いだったので、見えない力に守られているのかな?とさえ思いました。
 最後にお互い「ありがとう。がんばってね」と握手をして、別れました。80歳も越えているのに、おばあちゃんの手は、フワフワでとても柔らかかったのが印象的でした。この手の感覚は昔、撮影したことのある、故、大屋政子さんと同じ感触でした。魔女系ですネ。笑。

 よく中国の昔話などで、本人が困っている時に、誰も相手にしない、みすぼらしい老人が現れて、その老人に少し親切にしてあげると、実は老人は仙人で、神通力でお礼をしてくれるなんてお話がよくありますが、今回の出会いは、なんだか、そんなおとぎ話みたいな出会いでした…。 現実に、そんな事ってあるんですね…。
 少しパッとできたら、あの交差点にもう一度、茶飲み友達として御会いしに行きたいものです。

運勢の変わり目

 一週間ほど前、何故か、4日間ほど眠くて眠くてしかたがない日々がありました。お昼寝しなきゃ体がもたないほど… 特に、体を酷使していたわけではないので不思議だなーと思っていると、最近、私にとって良いニュースが舞い込んできました。(その内容は、今は御紹介できませんが)
 そういえば、以前、テレビで江原さんが、「運勢の変わり目には、すごく眠たくなることがあります。」と言っていた事を思い出しました。睡眠中に守護霊が今後の作戦会議をしてるそうな!笑。
 まぁ、私にできることは、努力と願い祈ることしかありません。やはり究極は他力です。
お知らせ
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写真集
笑とる仏
『笑とる仏ー播磨の石棺仏を中心にー』   谷村新司さん推薦!    播磨の珍しい石棺仏を中心に、素朴な笑顔の石仏の写真集。700年近くもやさしく微笑み続けている石仏達を、さまざまな仏教名言と共に紹介する。この深い笑みはきっと心に響くと思います。巻末には地図もありますので、実際、仏様に会いに行くこともできます。勿論、関西限定書ではなく全国に通じる心の本です。 実質、私の4冊目の写真集。(読み:ワロトルホトケ)
Talking with Angels-ロンドンの天使達
「Talking with Angels-ロンドンの天使達-」 
鏡リュウジ氏の推薦文より
『天使、天使、天使!
この世界は、耳をすませれば天使の羽音に満ち満ちていて、うるさいくらい。たとえ一人でいたって、僕たちは孤独になんかなれっこないのです。この写真集はそのことを伝えてくれます。』 
 

Talking with Angels-イタリアの天使達
「Talking with Angels-イタリアの天使達」
   イタリア19世紀のみごとな墓地彫刻の写真集。
ダンテの『神曲』にならい「地獄」「煉獄」「天国」を彫刻を介し視覚で巡ることができる、美しい天使の本。
プロフィール

岩谷薫

Author:岩谷薫
カメラマン
1995 個展『身体感覚』
1998 個展『Angels of Brompton-祈りのすがた』
2005 写真集『Talking with Angelsーロンドンの天使達ー』
2006 写真集『Talking with Angelsーイタリアの天使達ー』
2008年 スピリチュアル雑誌『Sundari 』記事執筆
『yaso ヴィクトリアン』studio parabolica記事執筆
2009 デジタル印刷すらできない悪質出版社に捕まり、三冊目の天使の写真集が出版不能に。入校データまで全て完成している状態ですので、もし第三集の出版を御検討していただける出版社がございましたら、メールフォームからお気軽にメールしてみてください。第三集は最高傑作なのですが…。
2011 写真集『笑とる仏』実質、4作目の写真集。

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