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堕落論 白痴 坂口安吾さんで思ったこと

 図書館に訪れ、なーんか読むべきもの無いなーと思っていると、またもやマンガコーナーへ…苦笑…。

堕落論
 坂口安吾の『堕落論』『白痴』です。
 私は生来、割とキッチリした性格なので、中学生の文学史の教科書に『堕落論』とか書いてあると、それだけで弱虫の匂いを嗅ぎ取り、全く読みたいとも思わない本でした。

 まっ、30分もあれば読破できちゃうので、イイかと思い手にしてみましたが、なかなか面白かったですよ。笑。

 『白痴』の方は、自分の部屋に、そこそこキレイで全裸の白痴の女が待っていたら、そりゃ、男としては道を踏み誤るよねェ~。と思ってしまいました。爆!
 アホな美女って、妙な魅力を放ちますよね。でも結局、どこまで行ってもアホなんですけどね… オサーンの私ではジャン・ジャック・ベネックスの『ベティー・ブルー』なんかを思い出しちゃいました。あの映画では白猫が出てきましたが、まさに猫と同類ですね。

 純粋な安吾ファンにとっては、こんなマンガ、外道で批判の的でしょうが、マンガの良さがよく出ていましたよ。 主人公の男が長髪なのは、当時では絶対、非国民扱いで、あり得ない設定でしょうが、でも現代的で、入門書としてはこれで全然OKだと思いました。
 この機会に安吾さんの『白痴』の原本も読みましたが(今、ネットで読めるんですねぇ…著作権切れってことか??)原本はもっと戦争や人生への呪詛がドロドロしていて、作品への入り口の違いだけですが、なんか私は、マンガの方が、印象良かったデス。マンガの良さがよく出ている作品だと思いましたよ。

 『堕落論』は、マンガから入って、即座に原本を読みました。これもネットでみれます
 天皇制や武士道への呪詛なのですが、私はこれを読んで、三島由紀夫さんを思い出しました。

 安吾くん、由起夫くんとも、戦時中はいつ死ぬか解らないからこそ、一生懸命生きて、甘美であった、美しかったと、回想しているのですが、戦後の思いと行動が、この二人は正にこの「堕落」というキーワードで180度違います。

 安吾くんは、天皇制や武士道は欺瞞であり、人間は本来堕落するものだから、徹底的に堕落しろといいますが、
 由起夫くんは、天皇が人間宣言してしまったことと、武士道が実は大方の日本人にとって「たてまえ」でしかあり得ない事に、正に「堕落」を感じ、呪詛と怒りで切腹しました… 

(安吾くんが指摘していますが、確かに、戦争責任者が、何故、一人も切腹もせずに、裁判の場にノコノコ出てきたのか…)

 安吾くんの論も「充分面白い」のですが、堕落し尽くしたところに、私は何も産まれないと思っています。
 喩えが微妙に違うかもしれませんが、サルバドール・ダリが、当時のキュビスムや、抽象主義を批判して、

『彼等は、古いものを破壊しつくしているが、いずれ、その瓦礫の上で、途方にくれるにちがいない』

と言いましたが、この視点は、合っているような気がします。(ダリは実は非常に古典主義的な画家です。現代の破壊しつくした残骸の訳の解らんコンセプチュアルアートなんて、私は大嫌いです。)過去を破壊するだけで、その後のビジョンや責任が見えません…。これはただの暴徒と同じです。

 堕落の果てにあるのは、統制の無い無政府主義だけだと思うのですが??。少なくとも人が集まりコミュニティーを作る場合には、必ず、共通のイデオロギーが必要です。
 それが由起夫くんの中では天皇制であり、武士道でした。安吾くんはこれを欺瞞といいますが、私は欺瞞ではなく象徴でいいと思っています。

 武士道は、御存知のように海外からもひろく評価されており、古くは新渡戸稲造の『武士道』にはじまり、近年では、李登輝さんや、ジョーゼフ・キャンベルさんも評価している思想です。(キャンベルさんの場合は、仏教や神道も含めてですが…)

李登輝 武士道
 最近読んだ、李登輝さんの『武士道解題』は良かったですよ。武士道はこれから世界をしょって立つべき思想であるとし、日本はもっと自信をもって欲しいとも書いてありました。戦前の日本の教育の良さも語っています。そういえば『きけわだつみのこえ』の中にも死ぬには惜しすぎる立派な学生さんはいっぱい居ましたよね…。当時の方が、現代よりも学歴は絶対高かったですね。
 神話学者のジョーゼフ・キャンベルも、世界中の思想の中で、日本の思想が最も、その可能性を見出すと述べており、日本びいきで有名です。

 安吾くんの気持ちも解りますし、由起夫くんの気持ちもよく解ります。
 この二人に戦争が与えた影響の巨大さを、戦争を知らない私がおこがましくも、ちょっとだけ感じました…。でも、この二人のどちらが、人としてピュアで力強いかと聞かれたら、間違いなく私の場合は由起夫くんです。
 これ以上、個々について語りだすとさらに長文になってしまうので、そろそろ止めますが、今の私個人としては、コミュニティーの思想としては武士道に可能性を認めながらも、この頃は、『パパラギ』の思想や、水木しげる翁の、ラバウルで培ったの思想に、魅かれていますけどね。
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本棚の整理  都会の思想、田舎の思想

本
 本棚の整理は自分の頭の中の整理と同じです。
 でも引越以来、本は段ボールに入れたまま、2~3年ほとんど本棚に整理しませんでした。
 理由はいろいろあるのですが、究極的には、もう必要無かったからです。

 でも、最近、本棚を整理しなければいけない事情ができて、昨日、少し、整理してみました。東京に居た時は、よく勉強していましたヨぉ。笑。
 この整理をすると自分の思想の流れが解って面白いです。と、昨日までは面白かったのですが…。

 そして、今日、気付いたのすが、本を飾ると、既に、部屋の空気が重くなるんですよね…。
 本の背書きのパワーってんですか…。意識せずとも背書きは目に入り、読みますし…。読む度何事か思い出しますし…。 あるいは本そのものの存在感というパワーが重いですね…。

 特に、思想書系は重いです…。思想書を軽んじている訳ではなくて、
 若かりし頃の自分には、必ず必読なものでしたが、もう、自分の中で消化しているので、見ていて、お腹いっぱいになるんですよ…。胸焼けしそうなくらい。
それは体調が変わるくらい… 本の持っている気が強過ぎるんですよね…笑。

 東京を去った時、十牛図の6番目の画像、「騎牛帰家」を引き合いに出しましたが、今は7番目の画像「忘牛存人」の心境ですね。ボーとしています!笑。後は8番目の真っ白になるしかないか…笑。
 (「十牛図」の説明サイトは、どれもあまりお勧めできるサイトが無いので、興味のある方は適当に、自分に合うサイトで調べてね。)

 そして、本棚を見て、思うことは、「都会の思想」と「田舎の思想」って絶対その違いはあると思うんですよ…
 出版されるような思想書って、基本的に作者も都会に住んでいる場合が多く、今、この場で見てみると、「こだわらなくてもいいことまで、こだわってしまい」どれも、どことなく不健康なんですよ… 東京に居る時は、その不健康さが甘美だったり、共感できたりもしましたが…都会の思想ですね…。
 この健康か不健康かっていうことと、「こだわるべきことかどうか」がこの頃の私の中での大きな判断基準になっています。

 当たり前ですが、人間って、環境で思想も変わりまから。勿論、年齢でも露骨に変わりますし。

 今の自分の本棚の中で、私が自然に受け入れられるのは、みなさんも解るところでは『パパラギ』ですかね…。田舎の本の最右翼でしょう。笑。
 キャンベルさんも大拙さんもいいですけどね…。

 そう言えば、誰かが
「書をすてよ町へ出よう」

と言いましたが。町では全然不健康で、今の私は、

「書をすてよ山(海)へ出よう!」

ですかね。笑。  きっと開高健さんもこの心境だったハズ。(たしか、ハイジのお爺さんもそんなこと言ってたヨ。笑!)
写真という表現手段はその点、現場で出会えますからね。


 今日は、忙しいのに、まるで部屋の中の本達に脅迫されるように、こんな記事を書いて油を売ってしまいました! アセル!!!  ありますよね。忙しいのに別のことしちゃう心境。笑。

 あっ、でも、もちろん若い人は本を読むべきですよ。(いや、究極的には、パパラギ的には本を読むべきでないのかもしれませんが。笑)

スピリットランド 死後世界 2

10_11_5 ここしばらくブログ書きは、忙しくて御無沙汰だったので、今日は気合い入れてかきますね!笑
 7月にこの本の解説本を紹介しました。(本書の内容は、7月の記事で確認してください。)やっと原著を読みましたよ…読み切るのに4ヶ月もかかってますね!笑。
 それには理由があって、この本は、

モノースゴク 退屈な本で、
モノースゴク スバラシイ本だからです。

 チビチビ、しばらくこの本の世界観に浸っている時間が好きでしたし、この本と関わっている時が、終わってしまうのももったいなかったので、少しずつ読んでいました。

 ◉モノースゴク退屈な理由。
 スエーデン・ボルグや、ダンテの『神曲』などの所謂、臨死体験本(この作者は臨死ではなく、まんま死人ですが!笑)の内容って、この世に生きている我々にとって、リアリティーが基本的に全く無いので、あの世で起こった事をツラツラ書かれても、だんだん退屈してくるんですよ…まるで、他人の昨晩の夢話を聞いているようなものです…

 ◉モノースゴク スバラシイ理由。
 私自身は、死後に対する認識が強固になりました。やっぱりか…と言う感じです。いつかのブログにも書きましたが、死への恐怖心が、ますます無くなりました。きっと大した事ではないでしょう…。死んでも居ますし…笑!
 そんなことよりも、この本の本質的で、一つのテーマになっている事は「人を赦す事」だと思いました。
 長い人生、生きていると、必ず一人や二人「絶対赦せないヤツ」って居ると思います。私にも居ます。でも「赦せ」とこの本は言うんです。赦さないと、赦していない相手と霊界で、その縁で引っ付いてしまい、返って地獄でお互い離れられなくなるそうです。
 よく人の不幸を見て、「そんな不幸を引き寄せた、あんた自身にも問題がある」「相手は自分の鏡だ」なんて、状況も知らないのに、解ったような顔でアホな事を平気で言う無神経な人も居ますが、そんな問題ではありません。何でも予定調和的に安直に語りたがる人物を私は信用しません。
 普通に考えれば解りますが、全うに生きていても当然、不幸は理由無くやってくることもあります。(例えば、相手から当たってくる交通事故等。)

 この本で、書いてあった事例の一つに、19世紀のアフリカで、ヨーロッパから来た征服者が、アフリカ人の若い人妻欲しさに、原住民の家族を、何の理由もなく投獄し殺した事例がありました。
 理由もなく投獄され殺された夫は、当然、征服者を呪いますよね…この事件で、夫自身に不幸を引き寄せる、何か過失や問題があったと言うのでしょうか…??  この呪いのパワーが、地獄にいるヨーロッパの征服者と、結び付いてしまい、本来、地獄に居なくていいはずの夫が、地獄の責め苦を受けている征服者の傍らに、復讐の為、力なく(復讐に疲れはてて)しゃがんでいる光景を、作者(フランチェッツォ)は見たそうです。
 作者は、その夫に「赦してあげなさい」「赦してあげたら上の階層で妻が待ってます」「妻は既に征服者を赦していますよ」と説得するんです…。
 夫は、その説得に苦渋の思いで応じ、その征服者を赦したとたん、光に包まれて上層へ舞い上がったそうです。

 こんな理不尽な事件で「人を赦す」のは、相当難しいですよォ…死んでも呪ってますし…
 作者(フランチェッツォ)自らの経験からも、生前に、よほど苦い経験をしたのでしょう、「人を赦すことの難しさ」を幾度となく切々と記しています…。これは、身につまされる思いでした。
 そう言えば、キリストも確か、「7回赦すよりは、7の70倍、人を赦しなさい」と言ってましたねぇ~。 ドエライコトです……。(その割りには、キリスト教国って戦争好きですが…)
 この本を読んでさえ、私の中では、未だに赦せないヤツがいますが、時間をかけて解決しろとの指令のような気さえしました…

 あと、ちょとこの本で気になったのは、「善」とか「悪」で、二元論で世界観を形造っているところです。この発想は非常に「西洋っぽい」と思いました。
 仏教では、おそらく究極のところでは「善」とか「悪」とかは問題視しないでしょう。「善」とか「悪」の次元を超えた次元ですね…。一元ですね…。
 善の軍勢と悪の軍勢が、霊界でもまだ「戦」をしているそうです‥。
 もし、それが本当ならウンザリですよね!笑。 まだ、闘うの…
 でも、スエーデン・ボルグも、フランチェッツォも言ってましたが、霊界は、その人の想念が創りだす世界らしいので、人それぞれ、また別の世界が待っているのかもしれませけど…??

 表紙カバーの装丁が、ちょっとイマイチだったり、帯の「奇跡の純愛パワーがイタリア貴族フランチェッツォを救った!!」というキャッチコピーは「正直、ドオヨ??」と思ってしまいますが、笑、内容は間違いなくイイ本です!
 勿論、本書の内容は上記だけではありません。私の読書は必ず、線を引いたり、折り目を付ける読書ですが、線と折り目だらけになりました。
 生きている人の「あの世の本」は、多数ありますが、まんま死人が書いたあの世の本は、これ一冊ではないでしょうか???
 まさしく「奇書で良書」です。
 この本は既に、絶版になっているようですので、御興味のある人は、古本屋で見付けたら、絶対買い!カモです。笑。いい本です。霊界を通しての、ロンドンとイタリアからのメッセージ。

蝶と霊

10_10_12 相変わらず、落ち着かない日々が続いていますが、久々に更新してみます。笑。
 私は四季の中で秋が一番きらいです。これからどんどん寒くなるからです…。
 冬になってしまうと、なんとなく諦めがつくのですが、秋はまだ夏をひきずっているので、急に寒くなったり、朝起きて、乾いてピーンと張りつめたような空気にふれたりすると、毎年なんとなくさみしくなります。笑。

 そんな夏の気持ちを引きずった、蝶の話題。
 蝶、特にクロアゲハが、お盆の時期、門口で松の木を焚くと、よってきて、御先祖が蝶に乗って帰ってくるというどこかの風習を以前のブログに書きました。
 蝶と霊って、よくひっついて、水木しげるさんもラバウルの戦友追悼旅行で、現地でお祈りをしている時に、ものすごく蝶が集まってきて感動的だったと書いていますし、確か、美輪明宏さんも、沖縄のとある地鎮祭の時、お祈りをしていると無数の蝶が寄って来たという事を言っておられました。
 たぶん、生物学的に見ると、松の木や、お神酒、香水、等に蝶を集める成分が入っているのかもしれませんが、現場でお神酒や香水を使った真偽のほどは知りませんし、私などは霊の乗り物と考えたいですね。笑。
 最近読んだ、ラフカディオ・ハーンの『蝶』という作品は、初老の老人が死ぬ間際に、一羽の蝶がいくら払ってもまとわり付き、不思議がった親族の子供がその蝶の行方を追いかけてみると、結核で18才の時に亡くなった老人の許嫁の墓に行き着いたという、不思議できれいな話でした。子供が老人の元に帰った時には、もうこと切れていたそうです。許嫁が亡くなって以来、老人は結婚をせず、住居も許嫁の墓の近所に移していたとか。
 この話などは、時代背景が明治なので、ありえるかな…と思っているんですけど…笑。

死後世界 スピリットランド


10_7_10 FC2はアメブロに比べて、難しいですね…。テストでアメブロと同じ記事アップしてみます。今日はこんな本、紹介します。
 『死後世界地図』A.ファーニス 著、岩大路邦夫訳、山口美佐子構成

 たまたま図書館で見付けました。死後世界の本は、スエーデンボルグの本も読みましたが御他聞にもれず少々、退屈なのと、キリスト教色が濃いので、ちょと飽きます。でも、いい本ですけどね。
 そんな時に出会った本です。
 原著は『A Wander in The Spirit Land』。19世紀のロンドンに生きたA・ファーニスという霊媒師を介して、19世紀イタリアに生きたフランチェッツォ(死人)の霊界体験を記した本。 『死後世界地図』はその解説本です。
 解説者の説明が、少々、耳障りだったり(解説者さんゴメンなさい)イラストがイマイチだったりしますが、それを差し置いてもいい本だと思います!
 
 なにはともあれ、私の写真集と不思議と同じで、19世紀のロンドンの霊媒とイタリアの死人ってのがイイ!!! 不思議な縁を感じます。 
 さらに興味を魅くのは、霊界に行っているフランチェッツォが無神論者であったこと。スエーデン・ボルグのように、キリスト教者だと、まるで信者じゃないと天界へ行けないような記述も無くはないので、退屈になるんですよ…そうした宗教色が無く、客観的な感じがしてイイ。
 さらに更に、興味を魅くのは、霊界は階層社会であるということ。スエーデンボルグも階層のことは書いてあるけど、それよりももっと多層な印象です。

 この霊界の階層社会で思い出すのは、『Talking with Angelsーイタリアの天使達ー』で御紹介したダンテの『神曲』です。『神曲』と言えば世界文学の古典中の古典で、当然、フィクションだと思っていましたが、フランチェッツォの言う階層社会と非常に似ています! そう考えるとダンテは実は霊媒で、『神曲』は実際に見て来たノンフィクション文学だったのかも…とか思ってしまいました…。

 さらに、注目すべき点は、ダンテはベアトリーチェという理想の女性に導かれて天界へ赴きますが、フランチェッツォは、地上に残した愛する恋人に霊界で再会すべく、霊界で精進します。(フランチェッツォは、高潔な恋人は死んだら、もっと上層界に行くと信じていたから) また、霊媒を通じて、恋人がフランチェッツォの霊界修行の軌道修正までしているんです。
 ダンテは「永遠に女性的なるもの、われを引きて昇らしむ」と言いましたが、正にその通りで、これは自著『Talking with Angelsーイタリアの天使達ー』の後書きにインドの「シャクティ」という言葉で解説したことがあります。
 ベアトリーチェ体験までフランチェッツォは同じなので、非常に興味深かったのです。
 そんな事を思いながら、自分の写真集を今、別の視点で見返してみましたが、ちゃんと階層になっていて、この写真集もよく出来ていますよ!マジで。苦笑。月日が経ったので、特に思います。 過去の『神曲』の記事も御参考に…。

 他にも、いっぱい面白い事が書いてありますが、ちょっと箇条書きにすると、
●自殺はやっぱり、キツいんですって…。土葬にされた自殺者の記事があるんですが、体は本来生きる力を持っていたので、魂と肉体が離れず、肉体が腐りきるまで、腐る苦痛が魂を苛み続けるそうです…怖い。
●死ぬ時の気持ちが大事、は、過去の記事でも書きましたよね。霊界では常識なのかも
●何で、人は生まれ変わるのかは、やはり、魂の勉強の為なんですって…人類は、何世代も生まれ変わっているハズなのに、だったら、今頃、もっともっとエライ魂や人類になってればいいのに…と私も含め思いますが…??
 
 『死後世界地図』は解説本なので、原書『A Wander in The Spirit Land』の翻訳本『スピリットランド』(絶版)を古書店で最近、購入しました。この本はまだ手元に届いておらず読んでいませんが、きっと翻訳本の方がイイと思います。

 19世紀って、霊界でも、特殊な時代だったのかな?
 自著も含め19世紀のロンドンとイタリアのメッセージを聞いてみるのもいいかもです…。
お知らせ
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写真集
笑とる仏
『笑とる仏ー播磨の石棺仏を中心にー』   谷村新司さん推薦!    播磨の珍しい石棺仏を中心に、素朴な笑顔の石仏の写真集。700年近くもやさしく微笑み続けている石仏達を、さまざまな仏教名言と共に紹介する。この深い笑みはきっと心に響くと思います。巻末には地図もありますので、実際、仏様に会いに行くこともできます。勿論、関西限定書ではなく全国に通じる心の本です。 実質、私の4冊目の写真集。(読み:ワロトルホトケ)
Talking with Angels-ロンドンの天使達
「Talking with Angels-ロンドンの天使達-」 
鏡リュウジ氏の推薦文より
『天使、天使、天使!
この世界は、耳をすませれば天使の羽音に満ち満ちていて、うるさいくらい。たとえ一人でいたって、僕たちは孤独になんかなれっこないのです。この写真集はそのことを伝えてくれます。』 
 

Talking with Angels-イタリアの天使達
「Talking with Angels-イタリアの天使達」
   イタリア19世紀のみごとな墓地彫刻の写真集。
ダンテの『神曲』にならい「地獄」「煉獄」「天国」を彫刻を介し視覚で巡ることができる、美しい天使の本。
プロフィール

岩谷薫

Author:岩谷薫
カメラマン
1995 個展『身体感覚』
1998 個展『Angels of Brompton-祈りのすがた』
2005 写真集『Talking with Angelsーロンドンの天使達ー』
2006 写真集『Talking with Angelsーイタリアの天使達ー』
2008年 スピリチュアル雑誌『Sundari 』記事執筆
『yaso ヴィクトリアン』studio parabolica記事執筆
2009 デジタル印刷すらできない悪質出版社に捕まり、三冊目の天使の写真集が出版不能に。入校データまで全て完成している状態ですので、もし第三集の出版を御検討していただける出版社がございましたら、メールフォームからお気軽にメールしてみてください。第三集は最高傑作なのですが…。
2011 写真集『笑とる仏』実質、4作目の写真集。

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