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布袋さんの詩


 布袋というと、今の人はまず、布袋寅泰さんを連想されるそうで困りますが違います。笑。
 七福神の布袋さんね。唐の時代に実在したお坊さんらしい。とすると七福神の中で唯一、実在の人間ってことですね。

 前回の日本最古の石仏の横に、写真集では、布袋さんの以下の詩を添えました。

●『弥勒 真に弥勒 分身千百億
時々に時人に示せども
時人自ら識らず。』

 この句は、私の最も辛い時期、2009年の年始に、過去紹介しました…。
当時のようにレベルの低い意味から高い意味まで解釈できる、昔から大好きな句です。最低な時代だったな…。至極当然ですが、避けられない災難はあります。厄年も。
 弥勒を仏に替えた方が、意味が解り易いかもしれません。

 仏は、私にもあなたにも、野の草にも、万物に居るが、なかなか気付いてもらえない。ってことですね。

 これを石棺仏にあてはめても、当たっており、めちゃくちゃ珍しく歴史のある石仏にもかかわらず、地元の人でさえその存在をほとんど知らなというのが、みごとに当てはまります。600~700年も示しているのに。

上三草の磨崖仏
 特に野の石仏は、(特に崖に彫ってある磨崖仏は)石から、仏が現れ出ているようで、この布袋の句を正に、地で行く感じでいいですね!
 この、万物から神仏が現れることを「化現」(けげん)といいます。
 『笑とる仏』は正に化現の写真集です。
(円空さんなんかは、生木に仏を彫りましたが、アレもそうです。)

 なにもこの考え方は、日本特有、あるいは東洋特有の考え方ではなくて、いつか少しふれたグノーシスの経典『トマスによる福音書』の中でもキリストは

●『木を切ってごらんなさい。私はそこにいます。石を持ち上げてみなさい。私はそこにいます。」

とか

●『神の王国はこの地に満ちているけれども、人間の目には見えない』

とか言ってるんですよ。布袋の句と意味は同じです。(それを異端扱いしてはいけませんね)

 これらの万物に一体となる思想は、キリスト教(異端視されている方ね)だけでなく、アメリカ先住民や、アボリジニ、など、世界中の文化の民族が伝えているところなのです。現代こそこうした感覚を大事にしなければいけないのかもしれません。

 写真は加東市の「上三草(かみみぐさ)の磨崖仏」。この写真ではただの岩にしか見えないでしょうが、写真集でじっくり見ると「3Dの眼トレ」のように鎌倉時代の地蔵が化現してくるのです。笑。
 この岩に、この枯れ葉に、この木に、神や仏、あなたや私が居るってことですね。分身千百億。

『時々に時人に示せども
時人自ら識らず。』

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5万年前の反省の神話

 先週でしたが、NHKのテレビ『地球ドラマチック』「メガファウナ~巨大動物 繁栄と絶滅の歴史~」という番組を何気に見ていて、その内容が私にとり、かなり衝撃的でした。

 恐竜絶滅後のオーストラリアの巨大ほ乳類達、メガファウナ(例えば、2メートル以上のカンガルーとか、フクロライオン、ステゴドン、2メートルくらいのウォンバットみたいなヤツ…名前忘れた。笑)は、なんと人間が付け火した野火による、追い込み猟で絶滅したと言うんです!4万とか5万年も前なら、槍や弓で地味に狩猟しているのかと思ったら、野火とは大胆…。この何度も繰り返される野火によって、オーストラリアは、あんな砂漠の大地になってしまったんだって!
 4. 5万年も前の人間なら正に「エデンの園」。環境破壊なんてまったく縁のない環境で、つつましく生きていたと思っていたのに、人間の罪深さを知りガッカリ…。
 それよりもショックだったのが彼らが、私の尊敬する民族、アボリジニの御先祖であるということ。

 アボリジニの思想は環境に関しては徹底しているんだよ。彼らの生活信条は「環境を出来るかぎり現状のまま子孫に残す」というものなんです。だから、農業さえも環境を破壊するとして、わざとしなかったという有力な説もあるんです。
 象徴的な例は仮に、子供がふざけて足下の石を投げたとするでしょ、すると大人は叱って「石を元の位置にもどしなさい」とまで言うんですって! 環境を変えないためにね。
 この考え方は、彼らのドリームタイムという神話の考え方に則っています。
(この辺りは、未だに世に出ていない、私の幻の写真集にも詳しく書いていたのですが…出版社に恵まれず残念至極…なんとかしたいものです…)

 こんなに環境に配慮している民族の御先祖達が、おもいっきり環境破壊をしていたなんて、衝撃でした! おそらくこの御先祖達の大反省、自分の地を砂漠化してしまった大反省が、ドリームタイムという反省の神話として反映しているのでは?と、そんな事を思いました。専門家ではないので、確証はないですが…

 人は、たとえ気付いていても「荒れ地」まで突き進んでしまうものなのでしょうかね… 5万年も前からそんなことしていたなんて…人類に組み込まれた性としか言いようがないかも…。
 イースター島も森林伐採で、人が住めなくなったと言います。森林を伐採しながら、きっと途中で気付いていた島民も沢山いただろうに…でも、伐採を止められなかった島民の心境はいかがなものだったろう…

 現在は、小さな島どころか、地球全体の問題ですから…現代人は私も含め、存在している事自体が、大きな環境破壊ですから、イースター島の最後の島民の気持ちも、将来はっきりと解って来そうで、どうしたものかとも思います…

自給自足研修をして思ったこと

『Talking with Angels』西洋墓地の天使像 : 岩谷薫-09_7_13 つい最近まで、農業で自給自足を実践されている、とあるご家庭まで研修旅行に行っていました。4月21日の記事のように頭だけではなく実体験として、どのような生活かを見聞する必要があると思ったからです。
 大変でしたよ~その生活は…働き詰めで…。でも、暮らしぶりはお世話になったご家庭の御迷惑になるので詳しく書けませんが…。単に、私が商家の生まれで農業経験も無くヘタレだったからかもしれませんし。
(写真は研修地へ向かう道中の写真。こんな山をいくつか越えて行きました。中央の黄緑色の部分が里山の集落と田んぼ)  

 ただ総括して思うに、以前放送されたNHKの番組『サイエンスZERO』で、文化人類学的に見て、「農業とは、仕方なしにはじまった産業ではないか?」という有力な説があるのですが、なんだかその事を実感しましたよ。
 「仕方なし」という意味を少し補足すると、今までは農業が始まって、宗教や政治の集団が出来たと考えられがちでしたが、実は発想は逆で、まず宗教や政治の集団として人が集まるようになり、その集団を維持するために「仕方なし」に農業を始めたのではという説なのです。しかも農業は一端始めてしまうと、集団を解消しない限り、その重労働は止めることができません。 
 農業は重労働なんですよ。なにを今更と笑われてしまいますが、実体験して想像以上にシンドカッタです…。酷暑のなか10時間以上黙々とカマで草刈りをしている最中に、「仕方のない労働だ」とそんなことばかり考えていましたよォ…笑。
 いつかアボリジニの事にふれましたが、狩猟採集であった彼らの労働時間は、1日の内でたった2~3時間だったそうです。後はゴロゴロ、楽しく暮らしていたのです。アボリジニは、「農業の知識はあったけれど、農業をわざとしなかった」という有力な説もあるのです。それはまずオーストラリアの土壌は農業に適さないこと、そして何より、神から先祖から与えられた地を穢してはならないという思想があったからです。
 4月21日の記事に御紹介したジャレド・ダイアモンドさんの「農業とは人類史上、最悪の誤りである。」という言葉にも符合します。ある面、農業も立派な環境破壊なのです…。オーストラリアでは近代的な無茶な農地開発で随分砂漠化が進んだと聞きます。狩猟採集民は太古から「やってはいけない事」と知っていたのです。

 この研修で、もう一つ感じた事は、自給自足の方法は、10人いれば10人それぞれ違うし、違っていていいという事でした。素人の私でさえ実習中の短期間に、マネしたくない方法とマネしたい方法がありました。今回、研修に行ったのは、農業がメインでしたから、それはそれは、みなさんよく働きますよ。
 でも、私の都合のいい理想だけかなのもしれませんが、「出来る限りの労働からの解放」を目指した自給自足をしたいとは思うのです。(やるかどうか、やれるかどうかは、私にもわかりませんが…)
 私も怠け者はきらいですが、でも「労働が美徳」と捉える人生観は、農耕民の洗脳の結果ではないかとすら思うことがあるのです。4月21日の『パパラギ』の記事ももう一度御覧下さい。
 そんな事を思いながら、今日は『ノアノア』の作者、ポール・ゴーギャンの生涯をネットで調べてみました。う~ん、彼もちょっと可哀想な生涯ですね…。やはり多くの人は失楽園なのでしょうか?

ダンテ『神曲』の意義

08_7_1_記事 最近、読み返したジョーゼフ・キャンベルの本に、
「中国人たちは、玉女と金童の手引きで仙界の橋を渡る話を伝えている。ヒンドゥー教徒は、天上に聳え立つ天空と幾重にも層をもつ地獄の地下界とを描いている。魂は死後、それぞれの汚濁の度合にみあった階層に引き寄せられ、その階層で魂自身の過去の生涯の意味全体を消化・吸収する。この教訓が会得されると魂はこの世に帰還し、つぎの経験にそなえるべく己を準備する。このようにして魂は、少しずつあらゆる階層の生命価値を通過して、ついには宇宙卵の境界を突き破ってしまう。
 ダンテの『神曲』は、こうした諸段階をあますところなく描ききっていて、「地獄篇」では肉体の傲慢と行動に縛りつけられた精神の悲惨を、「浄罪篇」では肉体的経験の精神的経験への変遷過程を、「天堂篇」では精神的自覚の程度をそれぞれあきらかにしている。」
 と、ありました。 これですね。 『Talking with Angels-イタリアの天使達-』も見てくださいね。
 思うに、人の年齢もこの「地獄」「煉獄」「天国」と三段階くらいはありそうな気がします。精神年齢も変わっていきますから。以前、『神曲』と年齢について書いた私の記事もよかったら御覧下さい。
 写真は、『神曲』の「煉獄篇」のシーンからの引用と思われる、船の帆を張る天使。帆の布の質感までも大理石で再現する技のすごさ。ジェノヴァの墓地。


帰還することの難しさ

 08_4_9_記事相変わらず、写真集を暇をみては、創ったりしたりしていますが、すぐ出版できるとは思わないで下さいね。出版するには、さまざまなハードルを越えなければなりませんので…。私自身は、最短で、今年中に世に出ればラッキーくらいのスパンで考えています。諸々大変なんですよ…。
 作品を創っていると、頭の中は天国なのですが、現世にも還ってこなければならず、この還ってくるのが結構、難しかったりします。浄土真宗ではこの往くことを「往相」、異界からビジョンを持って還ることを「還相」というらしい。帰還に失敗した例は昔から童話などにも暗示されていて、例えば『浦島太郎』、西洋では『リップ・ヴァン・ウィンクル』、中国の古典では『述異記』の中に、木こりが洞窟の中に迷い込み、そこで出会った仙人の囲碁を観戦していると、気付けば手に持っていた斧の柄がボロボロに腐るほど月日が経ってしまったというお話もあります。
 これらはみんな異界からの帰還に失敗した例を象徴的に語り伝えていると私はとらえています。
具体的な例では、ジャンヌ・ダルクはフランスを救うという帰還には成功しましたが、自分の命は救えなかった点で、反面、帰還に失敗していますね。また、20世紀半ばにアメリカ先住民の研究が文化人類学の分野で盛んになり当時の研究報告では、あの世に往ったっきり還ってこれなくなってしまう、かわいそうなシャーマンが結構確認されたらしい。
 今書いていることの、真意のどこまで伝わるのか、あるいは誤解されてしまうのかは、わかりませんが、一度、異界へ往ってしまい、現世になにかしらビジョンを持って還ってくるのはこのように少々苦労するものです。そこまでわかっていて、わきまえている自分があり、そうはならないと注意していても、人はそうと見ない場合もありますしね。
 P.S.後日思い出しましたが、『古事記』で黄泉の国に往ったイザナキは帰還に成功した例でしょう。

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写真集
笑とる仏
『笑とる仏ー播磨の石棺仏を中心にー』   谷村新司さん推薦!    播磨の珍しい石棺仏を中心に、素朴な笑顔の石仏の写真集。700年近くもやさしく微笑み続けている石仏達を、さまざまな仏教名言と共に紹介する。この深い笑みはきっと心に響くと思います。巻末には地図もありますので、実際、仏様に会いに行くこともできます。勿論、関西限定書ではなく全国に通じる心の本です。 実質、私の4冊目の写真集。(読み:ワロトルホトケ)
Talking with Angels-ロンドンの天使達
「Talking with Angels-ロンドンの天使達-」 
鏡リュウジ氏の推薦文より
『天使、天使、天使!
この世界は、耳をすませれば天使の羽音に満ち満ちていて、うるさいくらい。たとえ一人でいたって、僕たちは孤独になんかなれっこないのです。この写真集はそのことを伝えてくれます。』 
 

Talking with Angels-イタリアの天使達
「Talking with Angels-イタリアの天使達」
   イタリア19世紀のみごとな墓地彫刻の写真集。
ダンテの『神曲』にならい「地獄」「煉獄」「天国」を彫刻を介し視覚で巡ることができる、美しい天使の本。
プロフィール

岩谷薫

Author:岩谷薫
カメラマン
1995 個展『身体感覚』
1998 個展『Angels of Brompton-祈りのすがた』
2005 写真集『Talking with Angelsーロンドンの天使達ー』
2006 写真集『Talking with Angelsーイタリアの天使達ー』
2008年 スピリチュアル雑誌『Sundari 』記事執筆
『yaso ヴィクトリアン』studio parabolica記事執筆
2009 デジタル印刷すらできない悪質出版社に捕まり、三冊目の天使の写真集が出版不能に。入校データまで全て完成している状態ですので、もし第三集の出版を御検討していただける出版社がございましたら、メールフォームからお気軽にメールしてみてください。第三集は最高傑作なのですが…。
2011 写真集『笑とる仏』実質、4作目の写真集。

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